序章:神々の世界へようこそ
毎日太陽が沈んでいくその先に、神々の世界が広がっている――古代エジプトの人々は、そう信じていました。その神々の世界は、人々の暮らしに深く関わり、ときには恵みを、ときには驚きや恐れをもたらす存在でした。
さあ、これから私たちも、その神々の世界をのぞいてみましょう。その旅の案内役をしてくれるのは、豊かさと王の力を守る女神、イシスです。
女神イシスってどんな神さま?

イシス(古代エジプト語では「アセト」と呼ばれていました)は、エジプト神話のなかでも特に有名な女神のひとり。豊かさと王座の守り神として知られていて、「ヘリオポリスの九柱神(エネアド)」と呼ばれる神々のグループの一員として崇拝されていました。
鳥のトビの羽を広げたような姿は、空を自由に飛びながら命を与える力の象徴です。やがて彼女は、牛の角と太陽の円盤を頭につけた姿でも表されるようになり、これは愛と豊かさの女神「ハトホル」との共通点を示しています。
イシスは、大地の神ゲブと、空の女神ヌトの娘。そして、冥界の神オシリスの妻であり、その兄でもあります。さらに、戦いの神セトと、死者を見送る女神ネフティスとは兄弟姉妹で、彼らとの間には数々のドラマチックな物語が語り継がれています。
エジプト神話の基本をちょっと紹介
エジプト神話では、「神々」「世界のはじまり」「死と再生」「マアト(正しい秩序)」といったテーマが大切にされています。神々は自然の力や概念を表していて、彼らの物語は古代エジプトの人々の暮らしや自然のリズムとしっかり結びついています。
神々は、道徳や法律、芸術、さらには王さまの正当性までも支えていた存在です。そんな中でもイシスは特に大切にされていて、彼女の存在は人々の生活に深く根付いていました。
イシスの物語をたどっていくと、古代エジプトの文化や信仰の姿がぐっと身近に感じられるようになります。それでは、イシスと一緒に神々の世界への冒険を続けましょう!
第1章:イシスの家族ってどんな人たち?
神さまたちの関係は、人間社会のつながりを思わせるところがあって、自然や道徳の仕組みとも深く関係しています。イシスの家族もまさにその代表例。彼女がどうして豊かさや王の力を守る女神になったのか、そのヒントが家族関係にたくさん詰まっています。
大地と空から生まれたイシス
イシスの両親は、大地の神ゲブと、天空の女神ヌト。ゲブはエジプトの肥えた大地を、ヌトは星のきらめく夜空をあらわしています。そんなスケールの大きなふたりから、イシスとその兄弟たちは生まれました。
イシスが「豊穣の女神」と呼ばれるのは、大地(ゲブ)と天空(ヌト)という命の源から生まれたからこそ。つまり、イシスには最初から、命を育む力が備わっていたんですね。
兄弟とのドラマ:オシリス、セト、ネフティス
イシスの兄弟たちも、みんな重要な神さまたちです。
まずオシリス。彼は冥界の神で、イシスの夫でもあります。
セトは戦いと混沌の神で、オシリスとの対立はとても有名。オシリスがセトに命を奪われるところから、大きな物語が動き出します。
ネフティスは死と葬儀をつかさどる女神で、セトの妻。ですが、姉であるイシスと力を合わせて、オシリスの復活に手を貸します。
この兄弟たちの間の愛や争いが、エジプト神話の中心となるドラマを作っているんです。
母としてのイシス:ホルスとアヌビス
イシスにはふたりの息子がいます。
ひとりはホルス。天空の神であり、イシスとオシリスの子です。父を亡くしたあと、ホルスは正統な後継者として王の座を受け継ぎます。これはイシスが「王権を守る女神」と呼ばれる理由にもつながっています。
もうひとりはアヌビス。死者の魂をあの世へ導く神です。彼はオシリスとネフティスの間に生まれた子ですが、イシスが育ての母として大切に育てました。このことからも、イシスがとても優しくて包み込むような母性の持ち主だったことがわかりますね。
こうしてイシスの家族や背景を見ていくと、彼女がどうして「豊かさ」「王の力」「母の愛」を象徴する存在として信仰されたのかが、自然と見えてきます。イシスの物語は、エジプト神話をもっと深く知るための、大切な入口なのです。
第2章:イシスの姿とシンボルたち
神さまたちの物語には、彼らの力や役割をあらわす「見た目」や「シンボル」が深く関わっています。イシスも例外ではなく、その姿やイメージは、彼女がどんな神さまなのかを人々に伝える大切な手がかりになっています。そしてその姿は、時代とともに少しずつ変わってきました。
トビの翼から牛の角へ――イシスの姿の変化
もともとのイシスは、背中に大きなトビの翼を持つ女性の姿で描かれていました。トビは古代エジプトで神聖な鳥とされていて、その翼は「守ってくれる力」の象徴。だから、イシスはとくに死者を見守り、守ってくれる存在として信じられていたんです。
でも、時代が進むにつれて、イシスの姿は変わっていきます。愛と美と母性の女神ハトホルに代わって広く信仰されるようになると、イシスは頭に牛の角と太陽の円盤をのせた姿で描かれるようになりました。牛は母性と豊かさのシンボル。つまりこの変化によって、イシスの「母としての愛」や「命を育む力」が、もっと前面に出るようになったんですね。
太陽と大地――イシスが司る命の力
イシスの頭の上にある太陽の円盤は、エジプト神話では「命」や「豊かさ」を意味する大切なシンボル。そこに牛の角が添えられることで、イシスが命を生み出す大地と、命にエネルギーを与える太陽、両方の力を持っていることが表されています。
しかも、イシスの両親は大地(ゲブ)と空(ヌト)という生命の源そのものの神さまたち。そんなふたりの子であるイシスが「命を育む存在」になるのは、ある意味とても自然なことなんです。
イシスの姿は、そうした大地と太陽のエネルギーをひとつにした、まさに“命をつかさどる女神”としての力を表しているんですね。
姿に込められたイシスのパワー
イシスの見た目やシンボルは、彼女がどんな力を持っていて、どんな役割を果たしているのかを人々に伝える大事なカギ。時代とともにそのイメージは少しずつ変わってきましたが、変化する中でも、人々の心の中でイシスは常に特別な存在であり続けました。
こうして、イシスは古代エジプトでもっとも愛され、信仰された女神のひとりとなっていったのです。
第3章:オシリスとの深い絆――愛と再生の物語
神さまたちの世界のなかでも、特に深く愛し合っていたカップルのひとつが、女神イシスとその夫オシリスです。このふたりは、「愛」「命」「よみがえり(再生)」の象徴として、古代エジプトの人々にとってとても特別な存在でした。
オシリスとイシス――愛が奇跡を起こした物語
いちばん有名な伝説は、オシリスが自分の兄弟・セトに殺されてしまうお話です。セトはオシリスに嫉妬していて、その体をバラバラにしてナイル川に流してしまいます。
でも、イシスはあきらめません。夫を愛する心ひとつで、オシリスの体をあちこち探し回り、ついには全部のパーツを見つけ出します。そして、神々の力を借りて、オシリスをよみがえらせるんです。

この奇跡のような物語は、「愛の力は死さえも乗り越える」ということを教えてくれます。そしてオシリスはその後、「死者の世界(冥界)」を治める神となりました。
イシスの深い愛と強い意志がなければ、この物語は生まれませんでした。彼女は悲しみを乗り越えて、希望を取り戻したのです。
ミンとのつながり――命を育む女神として
実はイシスは、もうひとりの神――豊穣の神ミンとも関わりがあるとされています。ミンは農業や作物の実りをつかさどる神さまで、イシスとの関係は、「命を育てる力」に関する信仰をより強めるものでした。
イシスとミン、このふたりの神のつながりは、「大地に命を与え、それをまた育てていく」という自然の循環を象徴しています。それは、エジプトの人々にとって、毎日の暮らしや収穫、つまり生きることそのものに直結していたんですね。
オシリスへの深い愛、そしてミンとの豊穣のつながり――イシスという女神は、まさに「命と再生の守り手」として、古代エジプトの人々に希望を与え続けていた存在だったのです。
第4章:王さまを守る女神、イシス
イシスといえば「愛」や「豊かさ」の神さまとして有名ですが、それだけじゃありません。実は、イシスは「王さまを守る神」として、そして「魔法を使える女神」としても、とても大切にされていたんです。
王座を支える存在――イシスと王さまの関係
イシスの名前の語源は、なんと古代エジプト語で「王座(王さまのイス)」を意味する言葉からきていると言われています。そのため、彼女はよく「王座の女神」と呼ばれていました。
特に有名なのが、イシスが息子ホルスの“お母さん”として登場する場面。ホルスは、王さまの象徴となる神で、イシスは彼を育て、守り、支えた存在です。つまり、イシスは「王さまの力の裏にいる守り神」として信じられていたんですね。
だから、エジプトの王たちはイシスの加護を受けることで、自分の権力が正当なものだと示していたのです。
魔法も使える!? イシスの不思議な力
イシスはただの“優しい母”ではありません。なんと、強力な魔法を使える女神でもありました。
病気を治したり、困っている人を助けたりする力を持っていたとされ、神さまたちのなかでも特に知識と魔法に長けた存在として知られていました。
中でも有名なのが、バラバラにされた夫オシリスを、魔法の力でよみがえらせたという伝説。この話は、イシスがどれだけすごい力を持っていたか、どれほど知恵と愛にあふれていたかを物語っています。
イシスは、王さまを守る神でありながら、人々を癒し、絶望の中から希望を生み出す魔法の女神でもあったのです。だからこそ、古代エジプトの人々にとって、彼女はただの神さま以上の、心強い存在だったのでしょう。
第5章:広がっていったイシス信仰
イシスを信仰する気持ちは、もともとは古代エジプトだけのものでした。でもやがてその人気はどんどん広まり、ついには海を越えて他の国々にも届き、「イシス教」と呼ばれるほど大きな宗教に発展していきました。
イシス神殿――信仰のよりどころ

エジプトには、イシスをまつる神殿がいくつも建てられました。その中でも特に有名なのが、ナイル川に浮かぶフィラエ島にあるイシス神殿です。
この神殿は、プトレマイオス朝という時代に建てられたもので、建物の大きさや、壁に刻まれた美しい彫刻は、今でもイシス信仰のすごさを感じさせてくれます。壁には、イシスの力や伝説が描かれていて、多くの人々がそこに祈りをささげにやってきました。
イシス教――海を越えた信仰の旅
イシスへの信仰は、やがてエジプトを飛び出し、地中海のあちこちに広まっていきます。ギリシャやローマはもちろん、なんとイギリスの方まで信仰が広がっていったんです!
こうして生まれたのが「イシス教」。これは、イシスを中心とした宗教で、「命」「死」「よみがえり(再生)」というテーマを大切にしていました。信者たちは特別な儀式(秘儀)を通じて、心の救いや生きる意味を求めていたんです。
イシス教は、女性の神さまを中心にしていたこともあり、当時のほかの宗教とはちょっと違っていて、多くの人にとって新鮮で魅力的な存在でした。
第6章:現代のイシスと日本での人気
イシスへの信仰やイメージは、古代だけで終わったわけではありません。時代を超えて、今の時代にもいろいろな形で受け継がれているんです。特に日本では、アニメやゲームなどの創作の中で、イシスの名前や特徴がよく登場します。
今でも愛される女神・イシス
今の時代でも、イシスの名前やシンボルはさまざまな場所で見かけます。神秘的なことに興味のある人や、新しい宗教の流れの中では、イシスは特別な存在として今も大切にされています。
実際、イシスを中心にした儀式や祈りが行われることもあり、彼女の「知恵」「再生」「愛」のイメージは、現代の精神的な世界でも生き続けているんです。
日本でも登場! イシスの魅力
日本でもイシスの名前はよく知られていて、特にアニメ、マンガ、ゲームの世界でその存在感を発揮しています。
たとえば、あるアニメではイシスが「強くて優しい母」のようなキャラクターとして描かれ、主人公を知恵と力で支えます。ゲームでは、イシスが「再生」や「復活」の力を持つキャラとして登場し、プレイヤーを助けてくれる存在になっています。
また、イシスとその息子ホルスの絆、あるいはオシリスとの深い愛の物語は、「家族のつながり」や「信頼」「愛と悲しみ」といったテーマを通じて、多くの物語に深みを与えているんです。
こうして見ると、イシスは昔の神話の中だけでなく、今の私たちの文化や心の中にも生きているんですね。
結章:イシスとわたしたち
イシスは、古代エジプトの昔から、今の時代に至るまで、多くの人に愛され、信じられてきた女神です。
豊かさをもたらす力、母のような優しさ、そして命をよみがえらせる不思議な力――イシスが象徴するこれらのものは、いつの時代でも変わらず、わたしたちの暮らしや文化、考え方に深くつながっています。
古代から今へ――イシスの変わらないメッセージ
イシスが語りかけてくる教えには、「時代を超える強さ」があります。
自然のめぐみと人の暮らしが一体だった古代エジプトでは、イシスのような神さまは生きる上でとても大切な存在でした。
そしてそのメッセージ――自然を大切にし、いのちを尊び、まわりの人と支え合うこと――は、今を生きるわたしたちにも、変わらず心に響くものです。
イシスから見える、エジプト文化の力
エジプトと聞くと、ピラミッドやヒエログリフを思い浮かべる人も多いかもしれません。でも、実は神話の世界にも、私たちの想像や文化に影響を与える力がたくさんあるんです。
イシスの物語を通して見ると、古代エジプトの人々がどんな価値観を持ち、どんな世界を生きていたのかが見えてきます。そしてそれが、現代の物語やアート、さらには人と人とのつながり方にまで影響を与えていることがわかります。
イシスの名前は、「王座」にまつわる言葉から来ていると言われています。
つまり彼女は、「座っている者――王や人々――を支える存在」という意味を持っているのです。
このイシスの姿に重ねるように、わたしたち人間も、誰かを思いやり、支え合って生きる存在でありたい。
それこそが、エジプトの文化が今の社会に教えてくれている、いちばん大切なことなのかもしれません。